· 

日本が色々と頼りない理由

日本国は1945年8月大東亜戦争に敗北、表向きは同年9月から1952年4月末までの期間、

戦勝国による占領統治を受け、事実上その7年間で国家の解体と民族洗脳の試みが様々行われた。

その呪縛は68年間経過した現在も解けること無く民族の根幹に深く浸透しており、主権ある国家としてはあるまじき主体性を欠いた政策によって、永きに渡り見て見ぬふりが続けられてきた。

当時の国家指導層は表向きの占領解放から、その茶番を充分に承知していた。

その上で国策として持てる力の全てを国民生活の復興に充てる道を選んだのだ。

それはある意味、民族としての心根を脈々と受け継いできた歴史へのゆるぎない自信と信頼であり

先人を貶めて固有の伝統を放棄させるような狙いがいとも容易く受け入れられて、積み重ねてきた伝統や歴史に裏打ちされた思想が忘れ去られる事など想像もしていなかったのだろう。

 しかし、奇跡的なスピードで復興が成し遂げられ、豊かな生活が目の前に広がると人心はそれをがむしゃらに貪った。富が良識を凌駕して為政者の都合よく歴史が置き換えられて行く。

巧みに植え付けられたた自由の幻想がいつしか身勝手で傲慢な個人主義へと変貌を遂げて、培ってきた民族の調和と共感の秩序を根底から破壊して行った。

大衆はそれを「平和」と呼び、何よりも尊ぶようになった。「戦後主義」の台頭である。

それでも1980年代まではわずかに生き残った一部の志ある政治家らによって、周到に仕組まれた占領の呪縛を紐解いて、自らの手に正当な主権を取り戻し継承すべき伝統や歴史を見直そうとする動きが試みられてきたのだが、民族の未来を憂いだ動きはことごとく戦後主義の信望者達によって不当な評価を受け国策として進展する事は無かった。

そうこうしている間に本当の歴史を継承できる世代は引退を迎え、高度成長社会という幻想に取りつかれ、永遠にその恩恵にあずかれると錯覚した子孫達の代を迎えると本格的に社会に暗雲が垂れ込めるようになって行った。

次々と巷に広がり世を蝕む社会問題を斜に捉え向き合おうとしない政府と、杓子定規にお決まりの批判を繰り返す野党。双方、自分達の既得権益が侵されない限りは本気で取り組む事は無い。

巷以上に「戦後主義」はこの国の政治家や官僚機構など為政者層に浸透しており、その信望者達は元は占領軍の意向とたくらみで造られたこの国の敗戦後の体制と政策を今となっては自らの手柄のような心持でとらえ、既得権益を守る鎧として都合よく利用する。

為政者層と一般民衆の間には手前都合による双方不可侵の暗黙の了解が成立しているかのように、形に囚われ本質を失った政治制度の下で、展望の無い浪費と救いようの無い横領が繰り返されてもシュプレヒコールさえ挙がらない。

 

文句を言わないのは…なぜなのか? ここに、この国が抱える本当の闇が潜んでいる。

 

次へ続く…お楽しみに

戻る