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初詣

 

2020年初詣は、高麗山(コマヤマ)の麓に鎮座する

高来神社(高麗神社)にお参りをした。

 

JR平塚駅北口 3番乗場から大磯駅行のバスに乗り、

10分「花水」で降りて街道沿いに20m程進むと

参道の入口が見える。

背景が高麗山 とても日本らしい風景だ。

 

ひょんなことから、この地の歴史に触れ

興味を持ったのが、訪ねたきっかけだ。

 

創建は古く、中世の書物焼失の為、定かな所ではないが、神武天皇(初代)に遡るとも言われる。

安閑天皇(第27代)の御代に 応神天皇(第15代)と神功皇后(第14代仲哀天皇の皇后)が合祀された。

 

神功皇后の「三韓征伐」勝利の際に高麗大神を祀り、その山を高麗山(コマヤマ)と名づけたとされ、

その説では、西暦200年頃には、その歴史が始まった事になり、その後も度々、歴史の舞台に登場する。

高麗山(コマヤマ)は標高168m、平塚市と大磯町に跨(またが)る山で名称は朝鮮半島からの渡来人が移り住んだからとも、三韓征伐の際に名づけられたともいわれる。

 

江戸時代まで山中に「高麗寺」という高麗若光(コマノジャッコウ)奈良時代の渡来人豪族を祀った古い寺院があった。

7世紀末、高句麗、滅亡の際に 亡命者の一部がこの地に一時定住し、後に埼玉県にあった高麗郡に集められ移住したと伝えられる。

鎌倉時代には、北条政子の安産祈願のため神馬を賜り、

山中には24もの末院があったと伝えられ、文献にも多く登場する。

戦国時代 小田原攻めに際し北条早雲が籠城した事でも有名で、上杉謙信が陣を構えるなど戦火の舞台となった。

江戸時代には、徳川家康より寺領100石と山林を賜り、東照宮として敬われました。

明治時代に入ると、神仏分離と徳川色が強かった事もあり、高麗寺は廃寺となり、一切の寺持は移されて

高麗神社へ改称、明治30年(1897年)現在の高来神社に改称しました。

高来神社の参道横には、基あった高麗寺(717年創建)の子院であった慶覚院(1613年創建)が移されている本尊の「千手観音像」は旧高麗寺観音堂本尊で12年に一度、子(ねずみ)年の春に開帳される秘仏であり、ちょうど今年に開帳される事になる。

地蔵菩薩坐像(4尺9寸の半丈六仏)、山門の仁王像、天海大僧正像、不動尊像、白山大権現像、毘沙門天像など多くの文化財を拝める事でも名高い。

 

交通の便が悪いという事もあるのか?

これ程のスポットにもかかわらず、画像の通り、

特に賑わいは無い。

2020年は静かでゆとりのある初詣となった。