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私事(わたくしごと) 啓示

R01.09.09.countdown07.

台風15号が関東地方を直撃した。

 

荒れ狂う様をしばらく眺めていた。

ひとたびこうなったら人間ごときでは、

どうにも太刀打ち出来ない、

されるがままに、受け入れるしか無いのだ。

 

明け方、ようやく嵐が過ぎ去ると、いちめん、信じられない朝焼けが広がる。

吸い込まれそうな空に「神の啓示」を感じた。

 

H31.01.01. 平成最後の正月を迎えていた。

それは嵐の直撃を受けた翌朝のように、洗い流され澄んだ空気と透き通る静寂、神々しい美しさの中にあった。

 

この朝日を前に何を願ったのか、今となっては覚えていないが、退院してから間もないし、新たな人生の始まりのように誓いでも立てたのではないか… 

 

冷静で正確な表現をすれば、社会の中での個体識別のグループが変更されたという事で、病歴六か月後に厚生労働省により、障害等級が認定される。

それまで、残り二か月半は、介護が必要な保険者という立場で、年金の無い老人とほぼ同じ扱いだ。

申請すれば介護サービスを無料で受けれるらしいが気分じゃない、そんな事より生活費が無い、このままでは生きては行けない。

サラリーマン生活は35年以上、充分に国庫に金は納めてきたのに、こんな事態になって、国から金銭的な生活保障を受けるには、遠い、遠い道のりで、結局の所は、人にすがって生きるしか道は無いようだ。僕の場合は親が健在で、ひとまずは手を差し伸べてくれたが手立ての無い人はどうなるのだろうか?

R1.5.障害認定の手続きが済んだ。手続き開始から二か月が経過、元号も平成から令和に移り

季節は、めっきり春になっていた。

 

就活が始まった。

受け取った障害者手帳を手にハローワークへ、支援サイトにも登録し、幾つか申込をしてみたが、いずれも書類選考ではじかれてしまう。

何か『思惑』とは違うようだ。

『障害者枠』に入る事で、就活は安易になると考えていた。官庁の雇用実績水増しが露呈するなど、環境改善が騒がれている最中で、追い風と判断していたが、現実は厳しい。

 

利き腕が不自由で字も書けないし、杖歩行… やらせる仕事は無いかもしれない…

これが現実の判断、面接するまでも無いのであろう。

障害者の雇用環境もPC検索で受けた、近未来的で進んだ印象と現実とはかなりギャップがあるようだ。ネットワークで発信されている宣伝には『テレワーク』という言葉が踊る。

「働き方改革」などと取り沙汰されているが、ようは人口減少による労働力不足の深刻化に向けた雇用創出、増大し続ける社会保障支出の抑制、双方の問題改善を狙った行政主導のアイデアであり、現状は、絵に描いた餅のようだが…

それでも、僕ら当事者にとっては「希望」であり、 就活の「目標」になった。

 

テレワーク【telework】の意味

情報通信機器を利用して、自宅や会社以外の場所で事業所から任され、仕事を行う勤務形態。育児や介護など、個々人の事情に応じながら、 仕事と生活の調和(ワークライフバランス)を実現する働き方として 期待される。テレワーキング。リモートワーク。

 

調べてみると、「就労支援センター」を介した動きが、就活の近道に感じたので、まずはどんなものか町の施設を見学してみた。

 

最初に職員による面談があり、早速「テレワークが目標」と伝えてみたが何とも言えない気まずい雰囲気になって返答は得られなかった。「これも縁、体験入学をしてみては?」と誘われ、5日間の体験コースを申し込んだ。

 

リハビリルームをイメージしていた。何というのか?共有している目的と他者への配慮の空間と言ったらよいか? ところが全く違っていた。そこは、始めて体験する新たな個体識別を痛感する空間だった。

障害者の分類はいく通りもあるようだが、

障害者手帳では身体障害者・精神障害者・知的障害者の三分類に分かれている。

左のグラフは、視覚障害・聴覚言語障害・肢体不自由・内部障害の四分類だ。

当然の事だが、就労を支援する為には、 それぞれケースに応じたカリキュラムが、あるものと考えていたが違った。

就労支援とは、企業の側にたった障害者枠人材の育成と審査を受け持つ機関だったのだ。

だから、カリキュラムはひとつ、その中で査定を行い、お墨付きを与えた者から順に卒業し企業に就職して行き、就職後のアフターサポートまで、就労支援センターが行うというものだった。 必要とされる職能を学び、知るという意味では、これで正しいのだろう。

すべて、厚生労働省の官僚が中心となって作り上げた仕組みだ。

 

5日間の体験を終了し、施設側がどんな事を話すのか、ある意味楽しみだったが、おそらく最も若く、経験の浅い職員一名が最後のコミュニケーションの相手だった。

それが施設側の回答であり、支援施設としての対応なのだろう。

僕は、黙々とこなした5日間を振り返り「この無意味な日々を半年間も過ごせませんよ」とだけ伝えて施設を後にした。

 

身になった事といえば、通勤準備時間が健常者とは比較にならない事を実感できた。一層テレワークに対しての要求が自分の中で強く大きくなった。

『合理的配慮』ってなんだろう?

障害のある人が障害のない人と「平等」に人権を享受し行使できるよう、一人ひとりの特徴や場面に応じて発生する障害・困難さを取り除くための、個別の調整や変更のことだそうです。

個別の障害を個性と捉えて権利は「平等」だと言います。障害がある人であっても、障害のない人と同様に社会活動に参加し、自分らしく生きていくための、必要な調整をするという考え方という事です。

 

どうやら『ハンディキャップ』という言葉は今や障害者に使ってはいけないようですが…

  

ハンディキャップ【handicap】の意味

1 スポーツ競技などで、技量差のある者同士の均等をはかるために、強者につける不利な条件。また、弱者に与える有利な持ち点。ハンデ。

2 弱者から見た強者との差。立場を不利にする条件。ハンデ。「ハンディキャップを克服する」

 

『ハンディキャップ』このイギリスの古い遊びから生まれた概念は「当事者」を良く見極め正当な評価をした上で、「公平」を造り出しベストパフォーマンスを目指す。

プレーヤーと観客主体の仕組みだが、 『合理的配慮』は、言葉こそ立派だが、「当事者」不在の押し付け概念と言わざるを得ない。「こうあるべき」とする考え方を何よりも重んじ、あらゆる行動の規範とする朝鮮半島における朱子学のようであり官僚がいかにも好きでハマりそうである。

この言葉に行政がこだわる以上は、莫大な無駄と的外れな産物を生み続ける事だろう。

実情は、政府・厚生労働省は内部障害(精神障害・知的障害)人口の急増に伴い、障害者政策を内部障害にシフトしている。身体障害については老人介護とリンクさせて対処している。 これが日本型、政策主導福祉の形であり、骨格の無いアメーバーのようだ。

攻撃的な言葉とは裏腹に、社会に必要とはされない自分を感じ、心は弱って行く。

個体識別が変わったのは、承知したつもりだったが、強く『疎外感』を感じるようになっていた。明らかに形ばかりの役所対応にも憤りを感じ、つじつまの合わない理屈が腹立たしく、それでも役所に社会的弱者として接しなければならない己が情けなくもどかしかった。

 

就労支援センターでの経験によって、想像以上に『自尊心』を傷つけられ、心は落ち込み、その後の行動力を失ってしまった。

この夏、もう一つ大きく心が沈む出来事があった。

 

娘たちとの交流は無くなっていた。それが、元妻の願いであり、思春期の心を乱す事になると言われていた。それでも2度、見舞には来てくれた。

父の姿に戸惑ったのだろう事はうかがえたし、僕も妙に悲しくなったのを覚えている。

 

それでも姿を見かけたくて、帰宅時間に合わせて、通学路を散歩で行ったり来たり、たまに鉢合わせては、素っ気ない娘の態度に寂しい気持ちになったりして、迷惑な存在にだけはなるまいと心に誓う。

 

娘たちと元妻が生活していたマンションは、僕の資産であったから処分が決まっていた。

彼女らの生活もあるので、これまで猶予をもらってきたが明渡し時期が迫っていた。

この件では、籍を抜いて以来、いろいろとやりとりをしてきたが、結局は合意に至らず、最悪の幕引きだ。僕に出来る事はすでに何もない、無力感とくやしさで打ちひしがれる。終戦記念日の翌日に、退去を伝えるメールだけがあった。

失ったものを感じていた。

ただ…ただ…元気を失い、考えこむ事も無い、

座椅子に埋もれ、空白の時間が過ぎる。

 

残されたものは…

思い起こしても意味が無い、こうなった現実をただ受け入れ悔やむしか無い。

 

これからどうなるのか?

わからないが… 日々、窓から見上げる空が違うように、喪失感の中で思い描く日常も変わる。言える事は、新たな人生を進むのでは無く、これまでの『禊』をしているようだ。

み‐そぎ【×禊】の意味

1 身に罪や穢 (けが) れのある者、また神事に従事しようとする者が、川や海の水でからだを洗い清めること。

2 陰暦6月晦日 (みそか) 、諸社で行う夏越 (なごし) の祓 (はらえ) の行事。《季 夏》