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私事(わたくしごと)告解「カネ」

告解「カネ」

R01.09.04.countdown12.

目を背けてきた憂鬱 その一「カネ」

 

あの人は、一口残しの皿を指し、いつも𠮟った「貴方は食べ物を粗末にするから、お金にきらわれちゃうんだよ」と… 僕にしてみれば、自分で平らげてしまうには気が引けて、その役回りを、後に回したかったのだ。

 

H25.08. 今から6年前になる、 発病前だから、もちろん健常者、 僕は「営業マン」で大きな受注を取り付け、ひとまずは大きな安堵の中にいた。これを何事も無く納める事が出来れば、会社は潤い冬を越せる。

ところが数日後の事、発注先の工場が生産を渋っているという…「何事だ?」

原因を探ると「カネ」だった。 会社は、代替わりして数年が経過していて、信用は地に落ちたようだ。 「社長も会社で見かけない」のに、受注だけは増えて行く… 怖くて、これ以上、仕事は受けられないと言う。 もっともな話しだった。

事実、社長は仕事をしなくなっていた。

工場から見れば、社長の受注が無いのは、一目瞭然だ、取引先だけの問題では無い、社内でも疑問は膨らみ、当事者は来ない。

 

僕の他に役員は二人、会社に在勤していたが、経理担当役員ですら社長とのコミュニケーションは無く、流れに任せた業務都合のみで仕事が流れていた。

 

僕は、わかりながら、一年近くこの状態を放置し、仕事を回して来たが、いよいよ、そうゆう訳にも行かなくなった。

大きな仕事が、宙に浮いたまま 

アパレル製品なので納期遅れは許されない。 僕なりに決断の時が迫っていた。

 

この仕事をこの段階で断るという事は、当然、先の取引は危い、年商の半分近くを不意にするかもしれない、会社の破たんさせる決断だった。

 

この仕事を受ける為、二度も産地の中国へ飛んでいた。万全の段取りで臨んだ仕事だったから、現場の人間に支障は無い、要は「前金」が用意出来れば、問題解決なのだが、

会社には「カネ」が無かった。

社長は…こんな話題をもっとも避けて

逃げ惑った。それが彼の常套手段なのは、理解していたから、この時は自分なりに、警戒心をもって事にあたった。

 

零細企業のサラリーマンだ、余裕などある訳も無い。数年前の安マンション購入ですら、身の丈以上の借金と考えていた。

それでも、

僕の「幼稚な判断力」はカネ集めへ向かい

数日間で何とか四百萬円を準備した。

だが、これが地獄への入口だった。

 

経理担当役員に借用書を準備させ、社長に実印も押させた。

返済日は納品先支払日の当日、滞りなく仕事が済めば、何も問題が無い…

工場は経緯を理解し、仕事を請け負った。

 

この時は、全てが上手く運んでやり遂げたが… その後も、常時こういう事態になった。

僕は、自転車操業の車輪に巻き込まれ、グルグル回っていた。

脳は正常な判断力を失い、とんでもない過ちを連発し続けて、後戻りできない深みに

ハマっていく、無論、当時は悩みに悩んだ結果の「崇高な意思」だったし

会社や社長とも相談した上で進めた事と納得していた。 

とんだ思い上がり、間抜けなカモだった。

 

どこかで関係を断ち切らなければ『破滅』

普通に営業の日々を過ごしていると、認めるのは中々難しい事だった。

 

会社を継ぐ意思は無いので、辞める決意を伝え、3ヵ月かけて丁寧に身を引いた。

H26.0816 退職

離職を妻に伝えた時、離婚を提案された。

二人の子供を、私学に通わせるには、それがベストな方法だと言う。

 

僕はただ茫然と聞いた。

僕は知っていた。彼女が子供に人生を傾け、なんとか私学に通わせる為、必死で働いている事も…

ひと月が過ぎた頃、案の定というか、

会社から、振り込まれるはずの「カネ」が半分も入らない。

結局15年以上働いた会社を訴える羽目に、

差し押さえまでかけたが完全に逃げ切られH28.12.退職から2年半後に、約800万円の未回収が確定した。

 

滑稽なくらいに心がおかしくなった。

知り合いに欺かれたり、騙されるのは本当に酷な経験だ。僕はこの悪人をけして許さない、後の人生を奪った張本人だ。

それも自分の愚かさ…とりかえしがつかない、嘆かわしい事だ。

僕はあの苦しい最中に、会社を興していた。

悪事に負けたくない一念で仕掛けた勝負は、

800万円の回収が頓挫した時に、暗礁に乗り上げた。「人生は、一度踏み外すと、二度、三度と足元をすくわれる」

歯車が狂うというか、これまでの成功体験は全く役にたたなくなるのだ。

 

文字通り「動けなくなった。」

独り、会社で生活するようになっていた。

 

自分の甘い行いで大勢に迷惑をかけていた。だから、弱音で終わる訳にはいかない。

生きていく為、割のいい深夜の仕事とダブルワークを始めた。昼も夜も働いて、それでも返して行くのは、きつかった。昼間、自分の店で、お客に気がつかずに眠りこける事も… だけど、「ひたすらはたらく」ことで、思考回路が停止し、心が「悪人」に飲み込まれる事を、食い止める事が出来ているようにも思えた。

そうして一年が過ぎた頃、日々にもだいぶ慣れて、 次のプランが頭をよぎりだした時だった。

H30.09.16 「あの時」が訪れた。

 

全く想定していなかったが…

気がつけば五十路を過ぎ、身体が壊れた。

 

酒は大好き、たばこもやったが、医者には縁が無くこれまで生きてきた。

「バイタリティーがあれば身体は大丈夫」と本気で思っていた…が

 

うつ伏せの身体は動かなかった。

 

ICUを抜けた頃に医者から説明があった。

脳出血で、左半身麻痺 現在は全介護状態、後は本人の努力と運  次第、簡単に言うと、

こんな感じだったと思う「一生車椅子か?」との質問には、「本人の努力次第で、状況は変わる」と答えられた気がする。

ようはこの先、特に治療は無いという事だ。

 

救急搬送された病院は会社の近く「御徒町」の大きな総合病院らしく、まともな治療は受けたらしかった。

しばらくして、リハビリ施設が充実した病院に転院した。

この時は、寝たきりで、寝返りも出来ず、身体はゴムの塊のように感じた。

 

脳が壊れた経験を持つ人ならば、わかると思うのだが、「思考と運動」の間に何か一拍、別のモノの存在を感じるようになる。

上手く言えないが、何でも出来ると無意識に過信している自分と、手の届かない大いなる何かを感じる自分の差というか…そういう意味では視野が広がるのだと思う。

ある日突然、変身する。 

別のモノに変わったのは自分…

センチに聴こえるのは癪な現実…

 

「カネ」の話しだった。

『下世話』な話しだが、「カネ」

これだけが「現生と己」を繋ぎ止めているようだ。

しでかした事から逃げる気は毛頭  無い、心だけは人でいたいと願うのだ…

げ‐せわ【下世話】 の解説 

 世間で人々がよく口にする言葉や話。「下世話に年貢 (ねんぐ) の納め時という」

 

告解「カネ」はつづく