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ひらがなのうつくしさ

「ひらがな」って やさしくて美しいと思いませんか?  

 

私たちが日常に 話し、読み、書きしている言葉「日本語」について少し調べました。

 

日本語は

「和語」「漢語」「カタカナ語」3つを組み合わせて、使われている言語だそうです。

「和語」は日本固有のものと考えられる単語を差し「やまとことば」とも言われます。

「日本語」とは、日本 固有の「やまとことば」のルールにのっとり、文化の交流と共に伝来した「漢語・カタカナ語」を取り込んで現在も進化している言語と定義出来ます。

 

「比較言語学」では言語の起源をさかのぼり「語族」という分類分けをします。

古代インドから派生して中東や欧州に広まった「インドヨーロッパ語族」は耳にした事があるのではないでしょうか。ヒンドゥー語、ペルシャ語、ドイツ語、英語、は皆この括りです。英語は「インドヨーロッパ語族」の「ゲルマン語派」「西ゲルマン語群」に属しています。では、日本語は・・・?

実は日本語の起源はわかっていません。 文法や単語を検証しても、他の言語と共通項が 見いだせないのです。この様な言語を「孤立した言語」いい、他にはスペインとフランスの国境地帯のバスク地方で使われているバスク語などがあります。

 

ことばでは、行き詰ってしまいましたが文字はどうでしょうか?

私たちの日本語は普段から「漢字」「ひらがな」「カタカナ」を使い分けています。

これはとても例外的なことだそうです。

では文字のルーツを見てみましょう!

 

「漢字」の始まりは紀元前1300年  中国で発明された「甲骨文字」と言われています。

それ以前のものは、記号と分類とされて「甲骨文字」が最古の「漢字」といわれており、蒼頡(そうけつ)という人物が獣や鳥の足跡を元に造ったという伝説があります。

その後、改良が重ねられて6世紀~10世紀ごろに現在も使われている楷書(かいしょ)が標準の書体となりました。

日本へは、4世紀~5世紀ごろ伝わったとされ、それまでの日本には、固有の文字は無く、すべて口伝えだったとされており  (注)「神代文字」については学術的な証拠に乏しく、存在していたとしても、結果的に伝承されずに立ち切れているとの解釈

口伝えの日本語音を表記する為に 漢字の音を借りて一字一音節の「万葉仮名」が造られたとされています。表意文字である漢字を「和語」に合わせて表音文字として使ったという事です。5世紀には記録があり、7世紀には成立していたものと考えられています。

 

やがて構文も中国語に沿った「漢文」から、「和語の構文」に沿って言葉を並べた文章が綴られるようになりました。 つまり漢文から漢字文になったという事です。

「ひらがな・カタカナ」の起源は

平安時代(794年~1185年)の初期に万葉仮名が由来となり「ひらがな」は漢字を簡略化「カタカナ」は一部を取って造られました。

「ひらがな」は主に女性が使い、「カタカナ」は男性が使用したと言われていますが、「万葉仮名」も別名「男仮名」とも呼ばれ、「万葉集」「日本書紀」をはじめ、その後の公文書に長く用いられました。

 

わかりやすい「ひらがな」「カタカナ」の普及に伴い、認字率は飛躍的に伸びます。 「源氏物語」紫式部や「枕草子」清少納言など、平安時代の宮仕え女流文学を生みます。

 

「漢字仮名交じり文」は 

かな文字の発生と同時に始まり、今のように文章を読みやすくする為に 漢字をあてて、記する事もされていました。日本の古典文学の重要作品すべてが「漢字仮名交じり文」で書かれており、現在まで日本の標準的な書き言葉となっています。

「音読みと訓読み」

ひとつの漢字には複数の音読み(漢字音)と訓読み(和訓)がある事が多いです。

音読みについては 様々な時代・地域の中国語の発音が平行して伝えられたことにより、ひとつの漢字に、複数の音読みが行われる事になった(呉音・漢音・唐音)といったものです。訓読みでも 例えば「主」は「おも」「ぬし」「あるじ」など、ひとつの漢字の もつ意味の広がりが、和語の複数の概念にまたがる事により、複数化したケースや  「取る」「採る」「捕る」のように、ひとつの和語に複数の漢字があてはめられるケースもあります。 いずれにしても、中国より伝来した、漢字の進化・変化によって日本の書き言葉が成立したという事です。

そして、明治33年(1900年)小学校令 施行規則 第一号表に48種のひらがなが示され、カタカナは一音一字の原則に従い、標準とされる字体だけが公教育において教えられ一般に普及し現在に至ります。

漢字についても初等教育では1200文字に絞り込みがおこなわれ、その後の当用漢字・教育漢字・人名用漢字 制定の改革へとつながっていきます。

実は、日本語表記についてローマ字に統一される事が検討された時期があります。

GHQによる占領統治の時代です。

その後、

現代仮名遣いの全面的採用・当用漢字の発布 1946年(昭和21年)

教育漢字統一書体発布 1949年(昭和24年)

人名用漢字の発布 1951年(昭和26年)

は、いずれも占領統治下に行われた政策です。保守主義者が教育制度の管理機構から排除された事により、なかば強引に日本語改革が行われました。それに追随する形で、その後の国語教育が組み立てられる事になります。

日本語は「和語」「漢語」「カタカナ語」の3つを組み合わせた言語と定義されていますが江戸時代末期までは大多数の日本人は「和語(やまとことば)」を使っていたとされています。 明治に入り知識人を中心に「漢語・カタカナ語」が普及したというのです。

そして敗戦・占領を契機に伝統や文化の継承がなおざりになり、日本語、本来の姿は失われつつあります。

「いろはにほへと・・・」

いちどは耳にした事があるだろう、この歌・・・

実は起源も作者も不明で、1079年の仏典の注釈書が最古の文献であり 10世紀末に作られ、作者は「空海」という説もあります。11世紀ごろには 普及し「ひらがな手本」などに使われるようになりました。

この「いろは歌」は7音・5音の調べで繰り返す、七五調で、ひらがな文字47音(現在では48音) 全てを1度づつ使用して作られています。重複せず、作られているので、昔の日本では 「いろは順」として、数や順番を数える時、番号受けに広く用いられました。

 

漢字を使って「いろは歌」を読解していきます。

「いろはにほへと ちりぬるを」=「色は匂へど 散りぬるを」これは「香りよく、色も美しく咲き誇っている花も、やがては散ってしまう」という意味で、仏教の「諸行無常」を、意味する節とされています。「わかよたれそ つねならむ」=「我が世誰そ 常ならむ」これは「この世は、誰にとっても永遠では無く、生きている私達もまた、永遠に生き続ける事はできない」という意味で、仏教の「是正滅法」を意味する節とされています。

「うゐのおくやま けふこえて」=「有為の奥山 今日超えて」これは「この無常といえる現世の有為転変(常に変わりゆく)の深い山を今日、超えれば」という意味で仏教の

「生滅滅已」を意味する節とされています。「あさきゆめみし ゑひもせす(ん)」

「浅き夢見じ 酔ひもせず」これは「儚い夢を見る事も、現世や空想の世界に酔いしれる事もないだろうに」という意味で仏教の「寂滅為楽」を意味する節とされています。

そう、「いろは歌」は仏教の本質を表した歌なのです。

また、一部の文献には七五調では無く、七文字ごとに区切った調べが残されており、その最後のひと文字を繋げると「とかなくてしす」=「咎無くて死す」となり無実の罪の遺恨と言われる由縁となっています。 歌舞伎の演目に「め組喧嘩」というものがあります。江戸時代の火消し(消防士)はいろは順で組編成されており、中でも威勢が良くて有名な「め組」100名以上が大喧嘩をした事が演目の題材になったそうです。

言語は、民族・文化と密接な関係があり、アイデンティティを示す重要な要素です。その歴史には、継承していくべき教えが、たくさん蓄積されているのです。

 

「国語」「古文・漢文」「日本史」

僕自身もこれまで学校教育で、形式的には教えられてきた記憶はありますが、いずれも単なる知識の詰め込みで、特に「古文・漢文」などは、もはや憂鬱な記憶しか無い有様です。「和語(やまとことば)」がもつ表現の美しさを、教師は本当に伝えようとしたのでしょうか?小学校低学年の「道徳」の時間の方が、よほど為になっている気がします。 

 

戦後「日本人は個が確立していない」という自己否定に近く、根拠のない民族否定に惑わされ、西洋の個人主義をなぞるように「個性」「自己」が都合よくもてはやされました。

それと時を同じくして「ひきこもり」に代表されるような「心の病」が社会問題化し出したように思います。

「和語(やまとことば)」で人間を表すことばは「人」「ひと」です。

個人を表現するなら「一人」「ひとり」「独り」とも書きます。

柿本人麻呂は「万葉集」で歌います。

「あしびきの山鳥の尾のしだり尾の ながながし夜をひとりかも寝む」人を思いやる 「人間関係」の歌です。 

福沢諭吉の「一身独立して 一国独立す」の独立を「インディペンデンス」の英語翻訳と捉えますが「ひとりだち」と読んでいたに違いないのです。

「和語(やまとことば)」の「ひとり」には、「まわり」との調和の中での「ひとり」を感じます。西洋の「個の確立」とは異質に感じます。

「生命科学」と「生命誌」の違い

科学の場合は客観的にすべてのものを外から見ます。「生命誌」の場合は自分も38億年の「生命の歴史」の中にいるのです。「地球に優しく」という言葉は、自分は生態系の外側にいて、地球を見てる感じがします。客観的 途端に、どこか他人事で身勝手なのです。

中にいたらそれは出来ません。「自然の中のひとり」が本来、日本人に受け継がれてきた「個の確立」のあるべき姿なのです。

「和語(やまとことば)」は「孤立した言語」と呼ばれ、どこから来たのかわかりません それは「日本人がどこから来たのかわからない」とも解釈出来ます。

次回はこの辺をテーマにしましょう。  今回はここまで!

 

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