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『昭和』『令和』オリンピック

最初に取り上げる題材を悩んでいる。

『昭和』とは1926年(昭和元年)12月25日から、 

1989年1月7日までの63年間を指す。

 

2020年(令和2年)7月24日から8月9日まで

東京オリンピックが開催される。

2025年(令和7年)には大阪で万博博覧会の

開催も決定した。

 

『昭和』の時代に1964年(昭和39年)10月10日から

10月24日までの15日間 東京オリンピック開催

1970年(昭和45年)3月15日から

9月13日までの183日間 

日本万博博覧会が開催された。

 

ふたつの世界的イベントが戦後日本の

復活の狼煙となり経済大国の仲間入りを

果たす事になるが、

さて今回はどのような意味をもつのか? 世界や自国民に何を発信しようというのか?

共通点はあるものの、今一つ狙いが見えてこない、言える事は「なんとなく」誘致してよいようなイベントでは決してない事だ。 その辺の事を是非政策担当者には説明してほしいものである。そこで、今回は『昭和』の経験を掘り起こしながら探ってみようと思う。

次期オリンピックの概要について見てみる。

2013年9月7日 トルコやスペインを抑えて

東京開催が決定。(第二次安倍内閣)

第32回オリンピック競技大会

    7月24日~8月9日 競技数33

2020パラリンピック競技大会

    8月25日~9月6日 競技数22

大会コンセプト   ・すべての人が自己ベストを目指し(全員が自己ベスト)

          ・一人ひとりが互いを認め合い(多様性と調和)

          ・そして、未来につなげよう(未来への継承)

     という、3つをコンセプトとして大会の運営が行われるそうである。

影響について考えてみよう

(メリット)・・・?

・会場建設・インフラ整備の雇用増大

 (すでに人手不足)

・観光客増加によるサービス業の雇用増大

(92万人の観光客が見込まれる…どうするの?)

・観光客の消費による一時的な経済効果

・スポーツ関連の経済効果

・観戦が楽しい・・・

 

(デメリット)

・莫大な費用がかかる  計画当初3000億円 現在の試算2兆円を大きく上回る。

・人材不足が深刻化   東京オリンピックは11万人のボランティア募集 

 大学生の単位化や中高生の参加推進など禁じ手まで使う有り様で

「1日8時間 10日間以上参加」を「無償」で集めようと本気で募集しているようである。

・治安の悪化  92万人の訪問者の素行は? テロの警備をボランティアにさせるの?

・感染症リスクの増大  2014年デング熱騒ぎを覚えているだろうか?

・地方がますます見捨てられる  現状の社会問題を更に加速させるような動き・・・?

今更、中止という選択肢は もはや無理でしょうから過去を学び対策をたてるしかありません。

 

簡単に1964年のオリンピックの影響を振り返ってみましょう。

 

今も私達の生活の一部として活躍している多くのものが整備されました「新幹線」「モノレール」「首都高速道路」などはその一例です。

また日本武道館や江の島ヨットハーバーも当時作られ2020年の会場としても使用される事が決まっています。 このように1964年のものは遺産(レガシー)として残っているものが多いことがわかります。経済効果は目を見張るものがあり当時の価値で約1兆円です。

これを現在に換算したらとんでもない数字になりますが効果が長続きする事はありませんでした。言い換えれば終了後の経済効果は期待出来ないという事です。

詳しく比較してみましょう。

2020年オリンピック・パラリンピック

直接経費:1兆6千億円~8千億円の見込

GDP比0.3%

間接経費:2兆円~3兆円の見込

GDP比0.3~0.5% 合計0.6~0.8%

 

1964年オリンピック

直接経費:270億円

GDP比0.1%

間接経費:9610億円

GDP比3.0% 合計3.1%

GDP比で比較すると実像が見えてきます。

2020年は1964年に比べて、パラリンピックが同時に開催されるのにも関わらず、はるかに小規模でコンパクトな事がわかります。

直接経費について付け加えると1964年は1960年~2016年に開催されたオリンピックの規模において、総額や1競技当たり、1競技者当たりにおいても最も少額に抑えたグループに属していると評価されています。事実2020年の見込みを下回るGDP比でした。

1964年のオリンピックは直接経費の規模こそ小さかったもののインフラ整備(間接経費)においては極めて大規模なものでした。また、この時期の固定資本形成をみると1950年代以降(開催決定は1959年)公的資本だけでなく民間投資においても大きな盛り上がりを 見せています。(ただし高度経済成長期なのでオリンピック関連需要だけとは言えない) 官民合わせた需要創出効果は計り知れないものであったと推察できます。

ここまでをみると2020年の経済効果は1964年に比べてはるかに小さなものになるように思えてきますが、置かれていた 政策環境を考えると違った見方も出てきます。

1964年当時は固定相場制下にあって外貨不足に泣かされていた時期でもあります。景気が良くなると輸入が増えますが、その支払がもたらす円の減価圧力を相殺し、円の固定相場を守る為には、外貨を準備して外国為替市場にドル売り介入をせざるを得ませんでした。

しかし、外貨準備は少なかったので、これには限度があり 結局は金融引き締めを行い、景気を抑制しなければならなかったのです。これが「国際収支の天井」といわれる経済成長への制約要因です。だから当時はオリンピック需要が伸びた代わりに他の需要が抑制されてしまった可能性が高いというのです。

2020年の政策環境は高度成長期と違って、変動為替相場制度下にあります。また金融緩和政策、ゼロ金利政策の真っ只中です。

インフレ率が2%になる事は考えられないのでこのままの政策下でオリンピックを迎える公算が高いとするとオリンピック需要がそのままGDPを押し上げる効果が期待できるというのです。だからロジックとしての経済効果は充分に期待できるという事だそうです。

しかしこの効果はオリンピックとともに終焉します。それに伴い経済活動が落ち込み景気が悪化してしまう懸念があります。

実際1964年の場合も大会開催の10月を景気の山として以降「昭和40年不況」に陥ってしまいます。しかしオリンピックがもたらしたと言ってよいインフラ整備は、その後の日本の発展に大きく貢献し、国民に与えた勇気や誇りは計り知れないものがありました。1964年東京オリンピックの開催は、日本国にとって重要な意味をもち、最大限の効果を発揮できたものと言えるのではないでしょうか。

 

そういった意味で2020年オリンピックは日本国にとってどんな意味を持つのでしょうか?

他国で開催されたオリンピックを観察してみましょう。

 

2004年にギリシャで開催されたアテネオリンピック

経済効果は一時的なものとなりました。それどころか数年後に国家自体が財政危機に陥ります。直接的な原因ではないにしろ大きな負担であったのは想像にたやすい事実です。

2008年北京オリンピックは約10兆円以上の経済効果をもたらした事がわかっています。国際的にも中国の経済発展を充分、印象づける事に成功しました。ただ、会場のインフラや施設は維持費が高すぎる事や主要都市から遠いという理由で大部分が再利用される事なく、その後荒廃してしまったという事です。

2012年ロンドンオリンピック こちらも経済効果は一時的に上がりました。

なによりも施設の再利用に成功しており、会場はスポーツ施設、選手村は  マンションに生まれ変わるなど、幅広い用途で再利用されています。

2016年リオデジャネイロオリンピック も経済効果は一時的なものにとなり

中国同様に大会で使われた施設、会場が問題となりました。

メイン会場の「マラカナンスタジアム」では電気代や会場の運営費などを巡り運営会社や行政、オリンピック主催者と今でも揉めており、施設は閉鎖されて 

       使えなくなっています。

いよいよ2020年のオリンピック開催の意図が見えない

1964年開催にあたっての決意や必然性を検証するほどに 2020年への疑問が膨らむ中で、他とは違う見解の開催の意味を語る記事に出会った。

2017年に書かれた日本経済新聞のコラムであった。

気になる部分を抜粋しておこう 以下・・・

 

こんな意見がある。「たかだか1カ月間のスポーツ大会にこんな大金をかけるなんて」しかも、試算は大会開催のための直接的な経費を積み上げた数字にすぎない。ここに含まれない全国の警備強化など間接的経費まで考えれば、さらに莫大な公的資金が32日間のスポーツ大会のために投じられる。無駄遣いと批判されるのは仕方がないことなのか。申し訳ないが、その見方には賛成できない。確かに無駄な部分は徹底的に精査して最小限に抑える努力は必要だ。だが、大前提として、五輪・パラリンピックを「ただのスポーツ大会」とするのは誤っていると思う。

 

「いまさら日本の東京で五輪を開催する意味などない」東京が06年に2度目の五輪招致に乗り出したとき、自分もそう考えていた。

それが変わったのは、地方支局に勤務し、人口が減り続け、同時に高齢化が進む地方の姿を目の当たりにしてからだった。やがてこれが大都市にも広がり、日本全体が直面する深刻な問題になることは容易に想像できた。

人口減と高齢化。おまけに国と自治体の借金は増え続けている。このままだと日本の社会はゆっくりと機能不全に陥るのだろう。

人口減に対しては、国を開いて 世界中から

たくさんの人々に来てもらうことが対応策の一つとなる。国籍や性別、宗教や価値観、障害の有無など、それぞれの「違い」を個性として尊重できる、誰にとっても快適で安全にすごせる環境を実現したい。

高齢社会でもみんなが活力を失わずに健康に生きていくには、スポーツがもっと生活に浸透することが大切だ。身障者にも高齢者にも優しいバリアフリーの社会をつくることも必要となる

【変化生み出す格好のスイッチに】

五輪とパラリンピックを地元で開催することは、社会や人々の意識にこうした変化を生み出すための格好のスイッチになると思った。

この国は世界の先頭を切って人口減、高齢化の時代を迎えた。1964年の東京五輪が日本のその後の発展に大きな役割を果たしたように、分水嶺を越えた今の日本にとっても、五輪・パラリンピックの開催は大切な意味を持つのではないだろうか。

実際に20年に向かって日本の社会にはさまざまな変化が起きている。最も分かりやすいのは急激なインバウンド(訪日外国人)の増加。

20年大会が決まった13年に初めて1000万人の大台を超えたのが、たった3年後の16年には2400万人に達し、17年は2900万人に迫りそうだ。政府は20年に4000万人の目標を掲げる。20年大会の存在がインバウンド増の理由とまではいえないが、きっかけの一つなのは間違いない。ホテル、旅館の増設や空港、ターミナル駅、観光施設のリニューアルなど投資を進める企業にとっても20年は当面のターゲットとして明確に意識されている。観光関連に限らず、3年後のビッグイベントの存在は新たな投資を迷う多くの企業の背中を押している。急ピッチで建設が進められる新国立競技場=共同パラリンピックの存在感も高まり、ハンディがあっても社会に参加してそれぞれの役割を果たしていける共生社会という言葉が当たり前に使われるようになった。

20年大会の期間中には9万人以上のボランティアが必要とされる。社会貢献活動に対する企業の休暇制度などが充実し、ボランティア文化の醸成にもつながる。家庭で眠っている古い携帯など小型精密機器から希少金属を取り出して金銀銅メダルを製造する計画も進んでいる。リサイクルシステムが定着して「都市鉱山」をフル活用できれば、日本は一躍資源大国となる可能性もあるそうだ。

期待される変化を数え出せばきりがない。20年五輪・パラリンピックは社会や人々の意識を変え、日本の未来をポジティブな方向に変える可能性を秘めている。その意味では、そこに投じる資金は将来への投資と考えるべきものだと思う。

【目指すのは社会と人々の意識の変化】

だが、本当にこの国の将来を持続可能なものに変えることができるのだろうか。大きなリスクを伴う投資なのかもしれない。国民の大多数が世界に追いつきたいと願い、莫大な資金の大半が新幹線や東京の高速道路、地下鉄網など確実な需要増があるインフラ整備に投じられた64年五輪とは状況が全く違う。

20年に目指すのは社会と人々の意識の変化。だが、それぞれが思い描く理想の未来の姿は千差万別の時代である。「スポーツには世界と未来を変える力がある」。20年五輪・パラリンピックの大会ビジョンだ。取材する立場にいてもこの言葉を聞くことは少ない。この大会ビジョンの意味を考え、共感する人はどのくらいいるだろう。30年、40年、さらにもっと先の日本の社会を生きる人々は、3年後の祭典をどんな思いで振り返ることになるのだろうか。

                                  ー以上ー

見解の相違はあるが、個人的には興味深い発想である。問題意識の点においても共感するところだが、残念ながら政策側が考える開催意図とは思えない。

 

やはり『大義』を感じることが出来ない。

これが調査の結論だ・・・

 

一応 万博についても次回検証してみる。

 

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