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長編手記『おわりはじまり』第七回

 

3月だから、ちょうど一年位前の話しである。・・・第6回の続きからです。

年明けから始めた『深夜バイト』にも少し慣れて、am11時 起床して30分で身支度を済ませてお店をopen

ランチタイムの人通りは外せない・・・そのまま

店番をしながら、ちまちま受けたアパレルの仕事をこなして・・・18時位で店じまい、一杯やりながら仮眠をとって21時位から『深夜バイト』に出発、翌朝の7時位に戻って、ご飯食べて一杯やって仮眠、

11時起床して・・・ 平日は、そんな毎日だった。

 

どういったらよいのか、このくらいでようやく自分が落着いた。頭がボーっとする位でないと、怒りや苛立ち、落込みで感情がおかしくなる。それにこれが負債を背負った覚悟の道であり、この時は他の考えは浮かばなかった。と、今思えば「また選択ミス‼」である。 いい加減に、愚かさを悔やんではいるが止められないといった所なのか「give up」せずに無理なファイティングポーズをとってしまった。

 

「53歳には無理じゃね~」とか「自業自得」とか・・・いろんなご意見があるだろうが、

当人は、大真面目に負けを取り返そうとあがいていた。自分を信じて助けてくれた大切な人達に迷惑をかけまいと必死だった。

そして、半年後の 2018年9月16日(日)あっけなく・・・ 倒れた。

 

なんと、人生はそれでも終わる事無く、次のステージへ進んだ・・・左腕と左足をもがれた状態でコーナーによりかけられた。どうだろう、この一方的な 負け組  感 ・・・

ゲームは続いているようだが、もはや身の回りの事さえ自分で出来なくなってしまった。

そなえなしのめいわく人生・・・はじまりである。

それは、これまでの人生の破片のおかたずけ「整理」からの はじまりである。

 

「殺したいほど恨む気持ち」ほんとうに残念な事だが僕は知ってしまった。

それは上手く人生を立ち回る事の出来なかった自分の無能さへの軽蔑といい訳の現れでもある。この状態で全てを受け入れる事は「尊厳」を失いかねなかった。

「尊厳」ってどんな?・・・【名・形 動】とうとくおごそかなこと。気高く犯しがたいこととあるが「こんな事」も乗っていた。僕はこんな風な意味でこの言葉を選んだのだろう

 

「道徳」を持たない者を悪として罰する概念や教育が育たない限り、人の醜さが勝者の証になり兼ねない事を肝に銘じなければならない。日本と中国以外の国では、おおむね幼少時代より宗教による教えがその役割を果たしている。ある意味「教育」の最も重要な要素を宗教が担ってきたのである。しかし、現在の日本には完全に欠落している。「宗教」に頼らずに「道徳」を育て「日本人」の高潔なイメージを築いた礎の「家族体制」や「地域環境」はもう無い。 僕らの子供の頃は「道徳」という授業があった。教育効果としては微妙だが今更「宗教」でもないだろう・・・ただ、昨今の日本のニュースを見る限りは、著しい「道徳心」低下の惨状と法や執行官の無力さは認めざるを得ない。

泣きを見るのは常に普通の人である。これは放置されて改善されるような問題では無い。

 

・・・あれっ、また脱線してるね このながれ・・・

ようするに「人の尊厳」や「道徳心」は風前の灯火「悪い人」「ズルい人」は咎めを受ける事無く、人を陥れてのうのうと蔓延る。これが残念な現実・・・僕は3人の弁護士に助言を受け、justice「正義」は立証されても弱い事を知らされた。裁判所が「正義」を認めた所で悪質な相手には思うような結果は得られないのは知らされていた。そして結果的に、そうなった。 弁護士には「復讐は許されない」事、念を押された。よくあるパターンなのだそうだ。 受け入れなければ前に進めないのはわかっているが・・・

それはとても難しいこと。

『おわりはじまり』で『おわり』をひとつひとつ拾い上げて書きたいと思ったが、第7回を終えて感じるのは あまりに美しく無くて、我ながらガッカリである。

次は「会社のおわり」を書こうと思う。