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長編手記「おわりはじまり」第二回

ICUは皆さんおわかりだろうが「集中治療室」の略である。

重篤な急性機能不全の患者を24時間体制で管理し、より効果的な治療を施すことを目的とする施設とされている。

 

そこに担ぎ込まれてから母親に連絡が行き、夕方には神奈川県藤沢市から両親が駆けつけたそうである。僕が53歳だから両親は79歳・・・全く親不孝の限りだ。

 

僕は意識があったそうだが、その時の両親の顔を思い出す事が出来ない。

というかICUでの記憶は非常に曖昧である。点滴で脳圧を下げる薬を大量投与していたからか障害の為かわからないが・・・この時は脳出血の成り行きを見守るしか無く、進行させない為に絶対安静で身体や頭が動かぬように固定されていたようだ。「身体抑制に関する説明書及び同意書」という書類に親父のサインがある

「リハビリテーション実施計画書」という診断書を見ると2日後に行われた事がわかる。家族への結果の説明はその2日後に行われていた。

 

診断名は「視床出血」リハ病名は「左片麻痺、構音障害、嚥下障害」

心身機能という項目は「意識障害」「認知障害」「排泄障害」「摂食障害」

運動障害として筋力低下「左上下肢」「体幹・頸部」、随意性低下「上下肢」「手指」、感覚障害「左片麻痺」とあり、基本動作項目はすべて「全介助」となっていた。改善に要する時間、改善の可能性については共に「今のところ不明」という診断が記載されていた。親父のサインがある。

こんな説明を医師から聞かされた両親の心を思うと本当に胸が痛む。

 

担当医は女医さんで僕の障害による精神的なショックを大変心配していたそうで

両親は「心のケア」について随分と解説を受けたそうだが、僕自身は彼女の顔さえほぼ思い出せない。看護師さんや周りの事全般の記憶が消されたように無い、かすかに覚えているのは点滴針の痛みと腫れ上がった腕、点滴が無くなると鳴りだす警報音、ヨーグルトを食べた事

口から飲んだり食べたりが許されたのは転院の少し手前だろうか・・・

10/3 藤沢市湘南中央病院に転院した時は、まだ寝たままストレッチャーに乗せられていた。チャーター車で2時間位かかっただろうか・・・この辺りからの記憶はわりと鮮明にある。倒れてから17日間が経過していたが身体を本格的に動かす事も無く寝たきりが続いていた。転院先は回復期リハビリテーション病棟という所でリハビリの施設が隣接している病棟である。

とりあいず2回目は書いてみた。驚く程に、記憶が跳んでいる。思い出すのもひと苦労である。

 

突然終わったら悪しからずだ。

 

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それでは次回をお楽しみに!