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藤沢市は78歳

藤沢市の誕生は1940年(昭和15年)

10月1日です。

1940年(昭和15年)

藤沢町と明治村が合併して、藤沢市が誕生。

村岡村合併(昭和16年)

六会村合併(昭和17年)

片瀬町合併(昭和22年)

渋谷町・小出村・御所見村合併(昭和30年)

現在の藤沢市の形状になる。

 

1955年(昭和30年)藤沢の人口は約11万人

現在の四分の一程度の規模だった。


アスファルトが当たり前になったのは

どれくらい前からか?...

子どもの頃の記憶は雨上がりのデコボコ道路に沢山の赤トンボ!

海岸線はこんな感じ、上下線ともに

大渋滞、松林が出来立て感たっぷり

江ノ島の位置から今度場所特定して

みましょう。


江ノ島展望台

江ノ島シーキャンドル

旧江の島灯台は

1951年(昭和26年)から

2002年(平成14年)まで半世紀にわたり

藤沢のシンボルとして活躍

当時も展望台として公開されていました。

僕は恐怖で足がすくみ上れなかったです。

サンダーバード1号みたいでカッコよかった。


1962年(昭和37年)

在日米軍演習場の返還敷地が住宅公団へ

現物出資される。⇒辻堂団地開発

1964年(昭和39年)入居開始

わずか2年間でマンモス団地群が出来る

1969年(昭和44年)僕はこの年団地に移り住み藤沢市の住人になりました。当時5歳



画像が当時僕が移り住んだ団地です。新築4階建ての右端3階部分の3DKでした。

2018年(平成30年)6月の解体なので半世紀で取り壊された事になります。

辻堂団地群の広大な敷地内には現在も公団団地として現存している所も多く、再開発で生まれ変わった所含め今後取材に行って見ようと思います。

 

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